大腸内視鏡検査

たまに血便がでるので肛門科にかかったところ,「とりあえず内視鏡検査受けといてみたら?」と勧められたのが1ヶ月前.
それは苦行であった.

まず,2日前から食事制限がある.
繊維質のもの,すなわち野菜をたべることはできない.
許されたのは米,パン,うどん,肉だ.
頭をひねった結果,吉野家の豚丼と牛丼を食べたものの,これを2日食べるのは人権のある食事とは言えない.

だが,これは序の口であった.
浣腸するために前日に下剤を飲むのだが,この下剤を飲むプロセスが複雑かつ苦痛だ.
1800mlの下剤を準備した上で,10分おきに200ml飲まなければならない.
さらに,これとは200mlの下剤を作成し,錠剤と一緒に飲まなければならない.
1800mlの下剤と200mlの下剤はおそらくまったく別プロセスなので,手順に忠実にするなら,どこかのタイミングで400mlの下剤を飲むことになるだろう.
ただでさえ10分おきに200ml飲んでいるのに,400mlも一度に飲めないのでここは独断で200mlずつにわけたが,やっぱり苦しかった.

そして何より,下剤を飲んだからには排便するわけで,これが最悪だ.
飲んでから4時間ほどはいつ催すかもわからないから,トイレから立てなくなった.
排便感も,だばだば水がでてくるというのは正しいとはいえあまり気持ちの良いものではない.
寝た後でも,突如として便意を催して朝5時に叩き起こされる.
おむつでも準備しておかないと,おちおち寝ていられない.

もう最悪の体験をしていたので内視鏡を入れる気分たるや陰惨たるものだろうと思っていたが,こちらは逆に期待値が低すぎたためか,意外とそうでもなかった.
内視鏡を入れられる瞬間の異物感はあるが,受け入れられないほどではない.
献血で針を入れられるのと似た感覚だ.
それを超えれば,自分の腸内をみるという感慨深い経験ができる.
腸内はわりときれいな肉の色をしており,いたって健康そうであった.

巨人の肩

人類は賢くなった.
ここ数百年の加速度的な技術の進歩は目を見張るばかりであり,地球環境をこの短期間に激変させる威力は有史以前でもないのではなかろうか.
だが,人類は生物学的に賢くなったのか?
それは違いそうだ.
有史以来,生物学的な進化によって機能が変わりうるほどの長い時間は経過していない.
だから,私がアリストテレスより賢いのか? というとそうではない.
知識量が多いという一面ではたしかに賢いかもしれないが,分析したり推論したりして知識を作る能力が高いという意味では変わらないというか,むしろ個体の資質だけを比べると私のほうが低いだろう.
私でなくて,現在学問の最先端を行く人を比べても,古代の人々とそう変わるとは思えない.

となると,人類を発展たらしめている賢さは,生物学的でない,つまり「文化的な進化」によるものだと考えられる.
「文化的な進化」は,蓄積している文化資本の拡大再生産,すなわち過去の知識の利用と発展による.
今のところ人類の生物学的な資質はそのサイクルを回すのに不足はないようだ.
私の興味は,生物学的な資質の限界はあるのかないのか,あるとしたらどれほどで,それはいつやってくるのかということだ.
私見では,限界はそもそもないように思う.
もし仮にこれが正しければ,一部で危惧されているシンギュラリティが訪れたとしても,それが人類の賢さを加速させこそすれ,滅亡の原因となるということはないだろう.

経験

また自転車で事故に遭った.
通勤中,曲がり角から飛び出てきた自転車に衝突した.
幸い,お互い怪我はなかったが,相手の自転車のライトは破損し,その残骸のせいで前輪はまともに回らなくなってしまった.
一昔まえの自分だったらうろたえていたかもしれない.
しかし,以前の経験から,事故ったらまずは警察を呼ぶべきだということを学んだ.
その場で相手に了承を取って警察を呼んで,調書を書いてもらった.
物損事故という扱いになった.
一通りのことが済んだあとで,保険屋にも連絡をとった.
どうやら,この場合の保険というものは,相手から賠償請求が来ない限りこちらから進んで支払う義務もないらしい(保険屋の立場からすれば,というポジショントーク的なところもあるのかもしれないが).
当方としては,こちらはほぼ無傷だったのに対して相手は明確にライト破損という被害を負っているという引け目のようなものもあって,請求してきてくれてもいいのになあと思いつつ,やはりあえて積極的に働きかけるほどでもない.
本件に関しては,結局相手からの連絡もないまま終わることになりそうだ.
前回と同じ轍を踏むことなく,すっきりとした心情で終えられることができそうである.

人を変えるもの

人を形作るものは3つあって,場所,人,環境だ.
どれかを変えれば,必然自身も変わることを迫られる.

情けない話だが,自分を自分の力で変えたことはない.
しかし,かくあるべしという姿に対して近づきうる場所や環境を選択してきたという自覚はある.
その選択を後悔したことはない.
プロフィール

みやどはつか

Author:みやどはつか
【座右の銘】
明日は明日の風が吹く/明日やろうはばかやろう


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